大橋 奈央2022.11.15

世界に誇る生酛造りで
最高級酒を醸す大七酒造

大七酒造株式会社 様

扁平精米の先駆者

—— 大七酒造の代名詞といえば「超扁平精米」ですが、齋藤富男先生が「扁平精米」を論証した1990年代初頭は、対応できる精米機(精米技術)がなかったため、多くの酒蔵が断念しました。そんななか扁平精米に取り組まれたいきさつを教えてください。

太田 大七酒造の一貫した目的が「力強さと洗練との両立」ということで、力強さである濃醇さは生酛づくりで実現できたと思うのだけれども、それを誰から見ても文句のない洗練されたものにするという意味では課題を感じていました。そんなときに齋藤先生の論文に出会い、これがすべてのブレイクスルーになると直感したんです。特に精米というのは酒造りの出発点で、どのお酒も必ず通るものなので、そこで技術改善ができればすべてのお酒が恩恵を受けられると思い、本腰で取り組む価値があると考えました。

当時、精米を請け負っていた精米部長は本当に大変だったと思います。大事なお米をつかって挑戦するので「割れちゃいました」なんて言い訳できない環境ですからね。本当に綱渡りの状態で扁平精米に取り組んでいました。

実際にうちで扁平精米したお米は、齋藤先生がお持ちのお米よりもはるかに扁平形状でした。工場レベルではまだ全国で誰も着手していないということで、どこも大七酒造の精米技術に追いついていないと自信をもち、誇りを込めて「超扁平精米」と命名。1993年の秋に扁平精米に着手し、2年後の1995年春に「純米大吟醸 箕輪門」という商品で世に送り出しました。
© DAISHICHI SAKE BREWERY CO, LTD.
—— 超扁平精米の技術を確立していたにもかかわらず、今回サタケの精米機を導入された理由を教えてください。

太田 実は精米機の新製品が出ても、あまり信用していなかったんです。というのも、扁平精米に着手した当時、精米機メーカーさんたちは市場のニーズに応えるべく、いかに小さくお米を削り、無人で自動運転できるかという点に注力して精米機を開発されていたんですね。

もはや、確実に扁平形状に削れるのは人間の手動の感覚だということで、独自に改良して取り組んでいました。2010年に新しい精米工場を建てたときは、コンピューターで制御できる2台の精米機を処分して、手動の精米機だけをずらっと並べて精米していました。

ですが、今回サタケさんの新型精米機と出会い、実際にサンプル米を見せていただき、非常に心が動きました。「これは可能性がある機械だ」と思ったので、ほしいなと。人の手をかけることが目的とか価値だとは思っていなくて、手をかけずに良いものができるのであれば、それに越したことはないですよね。営業や技術の方のお話を聞いて賭けてみようと思い、導入を決めました。
—— 扁平精米の先駆者であり、常に一歩も二歩も先を歩んでいる太田社長が考える、他のお酒にはない日本酒の魅力を教えてください。

太田 1つは「旨味」です。ワインやビールにないのが旨味であって、日本酒とは旨味を含むアルコール飲料だと定義してもいいのではと思います。たとえば「甘味」というのは、料理によって合う・合わないがあるのに対して、旨味は料理全般に合うし、飽きないと。そういった良さがあると思います。

もう1つは「日本酒はメローな酒である」ということですね。メローは滑らかとか豊潤という意味ですが、特定の日本酒がメローなのではなくて、日本酒自体がメローだと思うんです。たとえば、ワインの味を表現するときにソムリエさんが「まるでビロードのような」ていう表現を使いますけど、私自身、30代の頃はそんな滑らかなワインと出会ったことがありませんでした(笑)

40代になってはじめて「ビロードのような舌触り」と呼べるワインと出会いましたが、高価なうえに20年ぐらい熟成したものでないとその領域に到達できないのだなと。それに比べて日本酒は、べらぼうに高い価格じゃなくても、1年そこそこの熟成期間で到達できる。これこそが日本酒の魅力だと思います。

—— 日本酒は世界酒になる可能性を秘めているのですね。

太田 そうですね。だからこそ、国際物流の不効率さの改善が、現在の日本酒業界の課題だと考えています。今はインターネットの時代ですから情報だけは瞬時に海外に伝わっていきますが、お酒の物流は昔とあまり変わっていないため時間がかかると。

この業界の特徴は、中小規模のメーカーが全国に点在していることです。これは日本酒の魅力なんですけれども、物流の観点からすると非常に不効率なんですね。1社だけでコンテナを満タンにして輸出することは難しいですし、少量ずつ送ろうとするとコストがかかる。世界版の宅急便みたいな流通網ができるといいのではないかなと思います。
—— 最後に、太田社長の今後の目標を教えてください。

太田 「高級純米酒」というジャンルを市場に創ることです。今、消費者だけでなく、造り手の頭の中にもピラミッドがあって、頂点には「純米大吟醸」があると思うんですね。次に純米吟醸があり、純米酒、本醸造、そして底辺に普通酒という位置づけになっていると思うのですが、純米酒はピラミッドの中でも薄い層でして、価格帯の相場も決まっています。しばしば「これはいい純米酒だよ」といわれても、単に中身が純米吟醸というだけだったり。

純米酒と純米大吟醸酒が目指す味は異なりますし、コストのかけどころも違う。だから、ひとつのピラミッドの中にすべてのジャンルの日本酒を位置付けるのではなくて、少なくとも純米酒は純米酒のピラミッドが存在すべきだと思うんです。

「吟醸酒であるほど(精米歩合が小さいほど)良いお酒」という、狭い価値判断っていうものには一石を投じたいなと。生酛づくりや木桶仕込み、たっぷりと熟成に時間をかけて造った純米酒が、純米大吟醸より価格が高くてもおかしくないと思うんです。だから「高級純米酒」というジャンルを確立したいですね。
© DAISHICHI SAKE BREWERY CO, LTD.

-Epilogue-

情報が溢れた世界で人は何を基準に選択していくのか。商品の良さはもちろん、その背景に潜む想いや物語を知ることで、飲み手と造り手が結び付き、本物が見えてくるのではないだろうか。「自分たちが納得できないお酒をお客さまに飲んでいただくわけにはいきません」そう断言する太田氏は「大七」と呼ぶに相応しい日本酒だけを世に送り出してきた。大七酒造のお酒は、太田氏と蔵人たちの誇りであり、歴代受け継がれてきた技術力そのものである。
PROFILE
大七酒造株式会社
代表者 代表取締役社長 太田 英晴
所在地 福島県二本松市竹田1丁目66
創業 1752年
事業内容 日本酒の醸造および販売
HP https://www.daishichi.com/