大橋 奈央2022.02.21.

震災という試練を乗り越え
復興を願い力強く歩む鈴木酒造店

株式会社鈴木酒造店

心に寄り添う酒

—— 現在、長井蔵と浪江蔵の2拠点で日本酒造りに取り組まれている鈴木酒造ですが、今後、目指す酒造りについて教えてください。

鈴木 まず、長井と浪江、この2つの地域を背負っていかなければならないと思っています。10年前、長井市の皆さんは、被災していろんなものを失った自分たちを受け入れてくれました。その恩っていうのは生涯忘れられないもので。だから、浪江で海の酒として愛された「磐城壽」だけでなく、長井の前蔵から引き継いだ銘柄も未来へと繋げていきたいと思っています。この酒たちが、長井と浪江、それぞれの地域で祝い酒となり、愛されると嬉しいですね。

そして、酒質でいうと、先代たちが長い歳月をかけて築き上げた、海の暮らしに寄り添った酒をこれからも造っていきたいです。うちの酒は、ある程度アミノ酸があって豊かで、常温やぬる燗にするとより美味しいというのが特徴です。というのも、旧蔵(請戸地区)の目の前にある港では、繊細でタンパクな味わいの白身魚が多く獲れまして。この白身魚には、香り系の酒よりも、豊かな味わいで、なおかつ常温とかぬる燗にした酒のほうが合うんですよ。

また、港町の暮らしって、海がひとたび荒れると漁に出れないから、塩蔵品や酢でしめたものなど、日持ちさせたものを食べるんですけど、このしょっぱいものやすっぱいものを和らげる役割をアミノ酸が担っていて。だからうちは、ある程度アミノ酸があり、豊かな酒を代々醸してきました。これからも地域の食と繋ぐ、海の酒を造っていきたいです。
—— 鈴木さんは日々の暮らしのなかで、代々続く海の酒を受け継いできたのですね。浪江蔵ではどのような挑戦を試みていますか。

鈴木 浪江蔵では、米も水も全て浪江で完結させて、それらを世に送り出すこと。そして、浪江の人たちの暮らしぶりや浪江だからできる酒造りというものをしっかり表現していきたいです。まだまだ浪江町の大半は、帰還困難区域に設定されていますが、そのなかでも「オール浪江産」でやってるぞっていうところを発信していきたいですね。

あとは、味わいのきれいさっていうところを求めていきたいです。旧蔵を構えていた請戸は、海が近いため特徴的な水だったので、真吟精米をしてもって感じだったんですけど、ここの水はきれいなんでね。農家さんが育ててくれた浪江の米を真吟精米し、浪江のきれいな水で、新しい鈴木の酒、浪江の酒を造っていきたいです。
—— 最後に鈴木さんの今後の目標を教えてください。

鈴木 地元の話ばかりで申し訳ないんだけど、震災を経験した人のなかには、まだまだ自信を無くしている人たちがたくさんいます。今、ここに住んでいる人たちは何とかしていこうという前向きな人たちが多いんですけど。避難先で窮屈な思いをしている人や、故郷に帰りたくても戻らないと決めた人とか。震災から10年経った今も、いろんな思いを抱えている人がいるんですね。

だから、我々が浪江で酒を造ることで、「こんなに美味しい酒ができたんだ。浪江で」とか「失ったものが多いあの土地でもこんな酒が造れるんだったら、自分もちょっと頑張ってみようかな」と思ってもらえたらいいなって思います。

一歩踏み出せずにいる人のなにか自信に繋がるような、背中を押す存在になれたら嬉しいですね。

-Epilogue-

東日本大震災による津波が町を襲い、原子力発電所事故の影響で、一時、全区画が帰還困難区域に設定された浪江町。あれから10年。海岸沿いには防潮堤が並び、かつて蔵や住宅が密集していた場所には空き地が目立つ。未だ復興の途上である。しかし、鈴木酒造の皆さんや浪江町で出会った人々は、皆前向きで、苦境を跳ね返す逞しさがあった。これから先、どんな未来が待っているかは誰にもわからない。自慢したくなるくらい嬉しいときもあれば、叫びたくなるほど辛いときもあるだろう。そんなときは、誰かの幸せを願って醸す鈴木氏の酒を手に取ってほしい。きっと、心の拠り所となるだろう。
PROFILE
株式会社鈴木酒造店
代表者 代表取締役 鈴木 大介
所在地 福島県双葉郡浪江町大字幾世橋字知命寺40
創業 天保年間
事業内容 日本酒の醸造および販売
HP 株式会社鈴木酒造店長井蔵 < http://www.iw-kotobuki.co.jp/ >
株式会社鈴木酒造店浪江蔵 < http://iwakikotobuki-namie.com/ >